高雄観光 高雄市立歴史博物館、台湾糖業博物館へ

高雄観光で高雄市立歴史博物館と台湾糖業博物館へ行きました。

まず訪れた高雄市立歴史博物館はMRT塩埕埔駅から歩いて10分程度のところにあります。

塩埕埔駅は鴨飯の有名店鴨肉珍やマンゴーかき氷で有名な高雄婆婆冰があるので、そこで食事をしがてら立ち寄っても良いと思います。

食事のことは別の記事で紹介することとして、高雄市立歴史博物館へ行った感想を紹介したいと思います。

高雄市立歴史博物館で日本探し

高雄市立歴史博物館はMRT塩埕埔駅からまっすぐ大勇路、中正四路を歩いていくと着くのですが、手前に会議場があるので中正四路を歩いていても見えづらいです。愛河付近まで来たら会議場の後ろに回りこむように歩いていくと建物が見えます。

入り口には警備員が立っていますが、入場料は無料です。

この建物は日本統治時代に清水建設が設計した旧高雄市役所を、移転後に博物館として再利用しているものです。

屋根瓦や窓などに日本の菊や梅などの装飾が施されているのが建物の特徴です。

あの壁の彫りは「菊かな?」など、私と母も建物の柱や壁に目を凝らし、日本探しをしました。太陽は相変わらず眩しかったです。

建物の壁や柱、窓枠などをよく見ると、確かにところどころに日本らしさが伺えるように思います。

高雄市立歴史博物館の中には、高雄二・二八事件についての展示があり、歴史について学ぶことができます。展示室の中で流れている映像がなかなか生々しく目を背けたくなりました。

この高雄二・二八事件については英語の解説もついているので、勉強になります。

高雄二・二八事件の展示以外には、台湾の遠洋漁業についての展示や高雄市の人口や特徴などについてまとめた展示もありました。こちらは中国語だけでの説明だったので、絵や写真を見て想像を膨らませながら楽しみました。

日本が経営していた台湾糖業博物館へ

高雄の地下鉄(MRT)Red Lineの橋頭糖廠駅を降りると目の前に台湾糖業博物館があります。

平日だったためかかなり人もまばらでしたが、博物館や工場跡地としては非常に大きなものでした。

入り口には大きな看板があり、警備員さんがいます。入場は無料です。

中は結構広く、遠足の団体などがいました。

門から入ってすぐに見えるのは貨物列車です。もっと近づいてみることもできるのですが、すごく可愛いです。

当時のものというよりは、飾りでおいてあるように見えました。近づいて触れることもできます。

砂糖工場の敷地の奥にインフォメーションではパンフレットがもらえます。(日本語版もあります。)

場所が敷地の結構奥になるのですが、先にパンフレットをもらっておくと敷地内を見学するのもより楽しくなると思います。

参考になった分を引用として下記に記載します

台湾が日本へ割譲後、日本は台湾製糖業を発展させるため、1901年、橋仔頭に最初の新型機械製糖工場を設立し、製糖産業の機械化においては画期的な出来事であり、台湾経済の工業化の原動力でもある。

橋仔頭製糖工場は1902年1月15日に本格的に操業して、さとうきび絞り汁産量は1日200トンに達した。これによって、台湾は初めての「産業革命」と共に、製糖の「黄金時代」を迎えた。

(「台湾糖博物館パンフレット」より引用)

この砂糖工場の歴史を展示する部屋には、創業時からの経営者の顔写真も飾られているのですが、その中に昔の5000円札にも載っていた新渡戸稲造がいたのにはびっくりしました。

展示室には砂糖工場の機械の模型なども飾られています。展示室には英語での解説があるので、日本語のパンフレットを参考に英語の解説を読むと分かりやすいと思います。

上の写真が当時の貨物列車と思われる列車です。展示室に飾られています。

当時の製糖作業に使われていた機械や道具なども飾られています。

当時のものがそのまま残っているので、すでに錆びだらけでしたがそれが逆に生々しく感じられました。

上の写真の工場もそのまま残っているので中に入ることができます。

各所に解説が書かれているのですが、稼働していた時のまま残っているので、まさに廃墟という雰囲気です。観光客が私と母だけだったのですが、工場の中はシーンと静まりかえり、自分たちの足音だけが響くのが少し怖かったです。一人で行くのは廃墟マニアでもない限り少し腰が引けます。

廃墟を出た後に、貨物列車の可愛らしい車庫を見ると少し和みました。

砂糖工場の跡地ですが、中を歩いていると従業員の寄宿舎だった建物以外にも、上の写真の黒銅等身聖観音像があります。

こちらの黒銅等身聖観音像は砂糖工場設立当初に鈴木藤三郎社長が建てたものだそうです。

当時の社長が信仰心を重要視していたのがわかります。

この砂糖工場は敷地も広く見応えがあり、かなり有意義に過ごすことができました。

やはり歴史的な場所を見て回るときに英語の解説があるかどうかは必須だなと感じます。また同時に私自身が中国語を勉強して読めるようになりたいなという欲が湧いてきまし